フェルメール作品は、この世に三十数点しか存在しません。半分ほど見てきましたが、一生の内に全点突破したいと考えています。可能でしょうか。
オランダに行かないとまず見られないと思っていた《真珠の耳飾りの少女》に出会えた感動で、今夜はまだドキドキ感が残っています。やはり他のフェルメール作品と同じく、絵は内側から輝きを放っていました。現実にあり得ないことがそこにありました。
大塚国際美術館の複製と、武井咲さん、そしてスカーレット・ヨハンセンの比較鑑賞をどうぞ。この首の角度で、こちらをこのくらい見て、顎を引くということは困難だということが分かりますね。そうか、そこにも本作の魅力が隠されていたのですね。
2012年12月20日木曜日
2012年12月16日日曜日
Y+TにO−O

2000年でしたか、横尾さんの講演を聴いた時、彼は次のようにおっしゃいました。「美術をしている者がいうのも変だが、想像することは危険である。想像するとは先を見通すことである。『目的を持つこと』も危険である。芸術は目的を持ってはいけない。目的を持つとは、前を見通そうとする行為と重なってくる。前を見通そうとすると、今、目の前のことを大切にできなくなるからである。」まさに、子供を内在化させた大人。o-oが目指すところです。そんな思想の下に描かれている作品ですから、すなわち今の自分の「あるがまま」をさらけ出しているから、その作品の前で心が解放されるのですね。
2012年12月15日土曜日
募金箱にチャリン
今年もルミナリエの灯りが点されました。18年目?でしょうか。元町から大勢の人の中を歩いていくのはしんどいので、毎年東遊園地にだけ行きます。
今年も寒い中での鑑賞です。しかしながら、たくさんの灯りですから、そこはほんのりと熱を感じて、少しだけ温かいのです。それは、一瞬風が止まって、よーく触覚を研ぎ澄ませてみて微かに感じる程度のものです。何だか豊かな気持ちになります。
募金箱にチャリン、と。来年も開催されますように。
今年も寒い中での鑑賞です。しかしながら、たくさんの灯りですから、そこはほんのりと熱を感じて、少しだけ温かいのです。それは、一瞬風が止まって、よーく触覚を研ぎ澄ませてみて微かに感じる程度のものです。何だか豊かな気持ちになります。
募金箱にチャリン、と。来年も開催されますように。
2012年12月2日日曜日
島根に「ただいま」
登録:
投稿 (Atom)